狩江写真日記 史跡探訪③

更新日:2014/02/24

ただ生きて行くだけの世の中に・・・

さて、今回は渡江地区の延命地蔵です。
立派な白壁のお堂があります。
お堂 地蔵
お堂の右下には大きなわらじ(赤丸部分)                中のお地蔵さん
このお地蔵さんは、江戸時代後期の1833年(天保4年)から1837年にかけて
大規模化した「天保の大飢饉」の後に建立されたもので、その飢饉での餓死
者を供養したお地蔵さまです。
今でも地元の方に、きれいに管理されています。
飢饉がどういうものだったか、現在の私達には想像もできませんが、お地蔵
さまを建てて供養されていることをみても、何人も亡くなったひどいものだった
のだろうなと感じることが出来ます。

ちなみに天保と言えば、高山地区のハヤノテの鯨塚もその頃の建立でした。
こちらは飢饉の時に打ち上がった鯨のお陰で、村人が救われたことで感謝し、
殿様級の戒名をつけた鯨のお墓があります。
地元では「鯨様」と親しんで呼ばれています。

渡江地区の西側で、狩浜地区へ続く山道の山裾にあります。山道の途中には
西のお墓群もあります。
現在の国道378号線の道路が出来る以前は、この山道が渡江狩浜間のメイン
道路だったようです。
車社会になる前は、船での移動が多く、集落ごとにフェリーも就航していました。

旧道 お堂遠景
右側の山道を登ると狩浜へ             遠くから見たお堂の位置(矢印の先)

大きなわらじについては、この地区にはこれを履く大男がいるぞって感じの厄払い
だったと記憶してますが、詳しい方はご一報をお待ちしております。