狩江写真日記 史跡探訪①

更新日:2013/12/12

はじめまして、かりとりもさくの会からの原稿依頼を安請け合いしてしまったため、非常に気が重くなっていますが、なんとかページを埋めれるように頑張る所存ですので、よろしくお願いします。

まず、筆不精な性格のため文章を書かなくても良いように、ここではなるべく私が撮った写真を載せて行きたいと思います。何かテーマがないかと思案して、はじめはこれで行こうと思います。

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狩江には、所々に小さな社・祠・地蔵等があります。それらの写真を(出来れば解説も)載せていったら、楽ができ・・・いえっ 町外の方にも懐かしんでもらえるかもしれないと、最終的には史跡地図も出来たらいいなぁと。

とりあえずスタートを切ってみたいと思います。

第1回目の史跡は、狩江公民館裏にひっそり佇むこちらの五輪塔にしました。

正面から 側面から
 正面から  側面から

 

説明があって、写真では見難いので書き写しておきます。

「西予市指定有形民俗文化財」

ハシロリの五輪塔群

この位置の小字はハシロリで、東側上手は荘厳寺と呼び、この一帯には古い五輪塔が散在している。
鎌倉室町時代に大きな密教寺があったと推定できる。

この五輪塔は鎌倉期から室町期にかけての塔であるが火輪の位置の二点は、層塔の笠の部分である。
大型の層塔がいくつもあったものと考えてよい(広福寺にもある)。

地主の沖村家の言い伝えでは、幕末の大洪水の折、この五輪塔が崩れ落ち、
それから地主が祀るようになったそうである。

昭和五七年五月一日 指定 西予市教育委員会

周りは畑で、山裾にあります。

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かなり古いものですね。鎌倉時代から室町と言うと、1185年~1573年頃です。

五輪塔の5つとは、地水火風空を表しており、弘法大師(空海)の教えから来ているとか。四国霊場八十八箇所もそうですが、こんなところまで弘法大師の影響があるとは、宗教の奥深さと歴史を感じます。

 

こちらは、本浦地区の奥手にある廣福寺の一石五輪塔です。

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五輪が一石に刻まれてある一石五輪塔は、室町中期のもの。

廣福寺の開祖浄翁和尚さんのお墓も五輪塔でした。

位置はこの辺り

マウス手書き地図(地図もだんだん進化させれれば・・・汗)

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ここを見て、思い出のある方・詳しい方がおられましたら、ここにもあるよとか何でもかまいません、ぜひご一報をお願いしたいところです。

こんな感じで終わります。さてさて次回はどこにしますか。